私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

「バベル」

2007-05-11 20:57:18 | 映画(は行)


2006年度作品。フランス=アメリカ=メキシコ映画。
一発の銃弾がモロッコで観光バスに乗っていた一人のアメリカ人女性の肩を撃ち抜く。モロッコ、アメリカ、メキシコ、日本を舞台に、その事件から巻き起こるそれぞれの人間模様を描いた群像劇。
第59回カンヌ国際映画祭最優秀監督賞受賞。
監督は「アモーレス・ペロス」「21グラム」のアレハンドロ・ゴンサレス・イリャニトゥ。
出演は「セブン」「トロイ」のブラッド・ピット。「エリザベス」のケイト・ブランシェット ら。


バベルの塔建設がきっかけで世界の言語が分かれ、互いの意思疎通ができなくなったという聖書の逸話をメタファーとして掲げた作品である。
メタファーからわかることだが、この映画を一言で語るならば、愛のすれ違いを描いた作品と言えるだろう。
映画の中で悪いことなどしていない、愚かなことをしただけだ、といったニュアンスのセリフをメキシコ人の家政婦が口にしているが、そのセリフが映画全体を象徴しているように思う。その愚かしい、言うなれば、強情な意地から、夫婦や親子や兄弟の愛のすれ違いが生まれているという印象を受けたからだ。

たとえばブラッド・ピットらアメリカ人夫婦の場合、
赤ん坊だった息子の死をきっかけに溝が入った二人がバスの中で手を握るシーンがあるのだが、そのシーンの二人の手の握り方が、二人の関係性を象徴していて、切なくのっけから引き込まれてしまった。
その後、妻が銃で撃たれてからの展開がやるせないが、同時に感動的でもある。
自分の身を守るために(理解できなくはないけれど)バスの中の観光客は夫婦を見捨て、異国の辺鄙な土地で二人を置き去りにしていく。しかしそんな他人の冷たい仕打ちがあるからこそ、夫婦という小さな単位が絆を取り戻そうとしているのが説得力を持って伝わってくる。
そして、ラスト近くの子供との会話で涙を流すシーンが実にすばらしい。あの涙は妻が死ぬかもしれないという恐れから来るものだと思うし、その涙の中に愛が存在するのを感じることができ、素直に感動できた。

モロッコでは兄弟の関係が描かれている。
くだらないことでケンカをし合うのは兄弟ならよくあることだ。だが弟は決して兄のことが嫌いなわけではない。
ラストの弟の行動には思わず涙ぐみそうになってしまった。徹底的に反抗しまくる弟は兄が瀕死の重傷を負ったことで、過ちに気付き投降する。遅きに失するといえばそれまでだけど、その中には兄弟愛がある(強風の中に手を広げる兄弟の映像のなんと美しいことだろう)。
確かに弟の行動は愚かかもしれない(わざとらしいエピソードだとも言えるかもしれない)。しかし過ちを悔いて、誰かのために行動することができる。そんなことをモロッコのパートでは思った。

日本のパートでは菊地凛子演じる女子高生が愛に飢えている様が描かれている(ところで菊地凛子は女子高生には見えない)。
彼女は母親の自殺をうまく受け止めていない。ちゃんと自分の話を聞いてくれていたと思っていた母の死に、多分彼女は裏切られた思いでいたのだろう。その愛に対する飢えと、心の傷を男にセックスアピールすることで埋めてもらおうとしている。
さすがにアカデミー賞にノミネートされるだけあり、菊池凛子演じるチエコの孤独が丹念に伝わってくるのが印象深い。だが個人的にはテーマの描き込みが言葉足らずという印象があり、ラストの親子で抱き合うシーンもさして心には響いて来なかった。
それにエピソードとしても、この日本編だけ浮いている。聾の少女の孤独の描写は良かったが、脚本段階で思い切って削除してしまう勇気もほしかったところだ。

本作には構成や物語の作り方にいろいろと問題点はあると思う。しかし、愛のすれちがいを丁寧に描いており、感動的な余韻を残していると思う。
人によって好き嫌いは分かれそうな気がするが、個人的には大好きな作品だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


ところで、以前、「ディパーテッド」アカデミー賞受賞は疑問だという意見を書いたが、全てのノミネート作品を見た後では、その受賞の理由も何となく納得できる。
「バベル」では構成のまずさがマイナス点になりそうだ。
「クィーン」は良作だが地味。
「リトル・ミス・サンシャイン」はおもしろいが、積極的に推しきれる作品ではない。
「硫黄島からの手紙」は傑作なれど、イーストウッドに3つ目の作品賞というのもあげすぎな気もしなくはない。
まとまっていて重厚な作品は、そうなると「ディパーテッド」になる。しかも監督は無冠のスコセッシ。気に食わないが、消去法で考えるなら妥当なところだろう。


制作者・出演者の関連作品感想:
・ブラッド・ピット出演作
 「Mr.&Mrs.スミス」
・役所広司出演作
 「THE 有頂天ホテル」
 「叫」
 「SAYURI」
 「それでもボクはやってない」

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